レビュー

『Can’t Kill This』:レビュー ぶっ殺して下さい!生きる事に飽きました。

Josephine Scandi and Bill Hutchens in Fuck You Immortality (2019)

ジョーを殺せ!

 2人のヴィーガンヒッピー、トニーとケイシーは1976年の夏の日を忘れられずにいた。ヒッピーコミューンでジョーと出会ったからだ。彼はいつも笑顔だったが、憂いを帯びた雰囲気をもち、時折、カミソリを飲みこみ血塗れになるなど、体を張ったマジックを披露する不思議な男だった。

 ある日突然ジョーはコミューンから姿を消し、2人とって幻の男となっていた。しかし、彼らが老後生活を送っていたある日、新聞で巨大イノシシを狩った凄腕ハンターの一人としてジョーの姿を見つける。しかもあの頃と歳一つ変わらない風貌!!

 “あ!ジョーだ!もう一度彼に会いたい!”

『Eat Brains Love』:レビュー 〜モブ男とハニービーの血塗れ逃避行〜

Eat Brains Love (2019)

 もはやネタの出尽くし感がある“ゾンビウィルス禍”。劇症恐水病(もう狂犬病とは言わないんだよね?)として“ゾンビ”を再定義した『28日後…』は本当に罪深い映画だ。お陰で、今となっては“ゾンビ”というと、暴れ回り、人に噛みつくことで、仲間を増やし増殖する“何か”になってしまった感がある。それはさておき、本作のゾンビウイルスはSTD(Sexual Transmitted Disease)として描かれる。これまたどこかで観た設定だけど、ここで一つ捻りが加えてある。このゾンビウィルスの感染者は“感情の高ぶり”および“極度の空腹”によって、行動とともに顔面も凶暴化し人を襲うのだ。しかし、感情が平坦になる、あるいは空腹が満たされると元に戻り、見た目は普通の人間と変わらなくなる。ちなみに頭を破壊されない限り、怪我は人を喰うと治ってしまう。セックスでしか感染せず、噛まれても平気。だから大規模なパンデミックは起こらない。よって終末感はゼロ。じゃあ、この映画は何をやろうっていうのか?それは、ゾンビ版のボニー&クライドをやろうとしただけである。

『エスケープ・ルーム』 レビュー:陰惨な死と無縁な脱出ゲーム

Taylor Russell in Escape Room (2019)

解くか死ぬか。それだけだ。

 「脱出ゲーム?ああ、またか……」日本公開のアナウンスも無いし、海外評も凡庸。「テイキング・デボラ・ローガン」の監督といえども、「脱出ゲーム映画は『ソウ』でもうお腹いっぱいだわ」とスルーしていた作品。しれっと日本公開が決定し、試写嬢をいただいたので、ぶらりと足を運んで観てみたら、これがなかなか面白い。ごめん、俺が悪かったよ……。

Tyler Labine, Jay Ellis, Logan Miller, and Taylor Russell in Escape Room (2019)
なかなか捻った部屋が登場する。苦痛や人体破壊はないが、致死率は高い。

 6人の使い捨てキャラクターが数々のパズル部屋から、制限時間以内に脱出を試みるだけの話だ。脱出できなければ、もちろん死ぬ。しかし、その死はアッサリしたもので、人体が過剰に破壊されることもないし、苦痛も大して伴わない。(死ぬから苦しいことは苦しいのだが)そして全ての部屋から無事脱出できた暁には大金を手にできる。ツイストは一切無し。「命を無駄にしているから思い知らせてやる」だの「ヒントはやるから、考察はお前らでやれよな」と言った構図も記号も無い。 驚くほどシンプルなプロット。
  褒めてんのか、貶してんのか判らなくなってきたけど、「この映画楽しい?」と聞かれれば、僕は「楽しいよ」と答える。例えばね『ソウ』なんか観てると、最初のゲームが一番面白いでしょう?目玉のやら、腹を掻っ捌いて鍵を取り出せだの、体を切り落として重さを競えだのと。ところが後半になると変なツイストをかまそうとして、ゲームがどうでも良くなってしまう。『キューブ』もそうなんだけど、最初の罠と遊びのインパクトを活用することなく、「ほら。人間って、”アレ”でしょ?」という如何にもな着地点にむけて、急速に「遊び」の要素が縮小されてしまう。でも、これは決して悪いことではない。ずっと同じような脱出ゲームでは観客は飽きてしまうし、ヒネリも何も無い映画は作り手としても作家性の一つくらいは入れこみたいと思うものだからだ。その証拠に、この2作品の評価は(少なくとも一作目は)高い。
 ただ『ソウ』の最初のゲーム、『キューブ』の様な遊び……これらをずっと観てみたいと思ったことはないだろうか?それが『エスケープ・ルーム』なのだ。色々とギミックを凝らした部屋が次々登場し、飽きずに楽しめるから驚きだ。どんな部屋かはキモになるので書きませんが、残酷描写に拘らない創意工夫って大事だなあ・・・。

あくまで軽く

Logan Miller in Escape Room (2019)
苦痛の表現も最小限

 本当にツイストが無いのか?と言わればある。使い捨てキャラといえども、6人の個性付けには意味があるし、劇中登場する何気ない言葉が、ひょんな事に活用されていたり、ちょっとしたイタズラ心もある(たとえば脱出ゲームを主催する会社の名前がミノスである等)。しかし大きな意味は無く、物語上必須ではない。残酷描写についても前述のとおり、人体破壊や苦痛を感じる場面は皆無。(実はこれにも意味はアルのだけれども)とにかく軽いのである。これが評価の分かれ目だが、こんな軽さを持つ脱出ゲーム映画は、これまで有りそうで無かった。過剰な残酷描写や作家性を期待しなければ十分楽しめる。ただ、エンディングについては不満が残るかもしれない。海外盤BDでは別エンディングを観ることができる。僕は、この別エンディングの方が好みだ。

原題:Escape Room 2019年 米国 100分(IMDB
2.5/5

Sweetrheart レビュー:キャスト・アウェイ+プレデター?

万能感溢れる主人公

 どこかの海岸。眩い日差しで目覚めたジェン。声を上げて人を探すが、返事は無い。彼女は無人島に漂着したのだ。ふと海岸を見ると人が倒れている。駆け寄って助け起こすと彼は友人のブラッドだった。彼の腹を見るとデカいサンゴがブッスリと突き刺さっている。おもむろにサンゴを引き抜くジェン 。(何故抜いた!?出血して死ぬだろうが!) 息も絶え絶えの彼に「水分補給を!」と森に分け入り椰子の実を手に入れる彼女。しかし、戻るとブラッドは事切れてた 。(当然である) 落ち込んでいても仕方ないとブラッドを埋葬し、島の探索を始めるジェン。 島は一周するのに小一時間とかからない小さな島。 明らかに 人っ子一人いない無人島。だが、森の中で古びたテントやリュックを見つける。誰かが置いていったのだろうか?それとも?
 それはさておき、火をおこし、魚を捕り、食い、寝る。素晴らしいサバイバル知識だ。

 翌朝、目を覚ますと埋葬したブラッドの死体が持ち去られていた。そして食い散らかされた魚の死体。森の隅で見つけた誰かの墓……。ジェンは直感する。
 「何かがいる。そして、この島にいる生き物を喰らっている。」
魚や漂着した仲間の死体で撒き餌をして、彼女はその”生き物”の正体を突き止める。それは浅瀬に空いた巨大穴に棲む、巨大かつ怪力を持つ魚人であった。幾度か魚人とやり合うも「これには勝ち目がない、もう逃げるしか無い」とジェンは思う。しかし、そこに元彼のルーカスとブラッドの彼氏ミアが島に漂着する……。

一点突破型ストーリー

 孤独な無人島生活を難なくこなし、魚人の出現にも臆することなく対処。鬱陶しい元彼や、やたら悲観的な友人などガン無視して、サバイブすることに徹するジェン。いくらでも膨らませることのできるプロットなのに「ジェンのルンルン無人島化け物退治」にのみ焦点を当てる一点突破型ストーリー。ミアとの不仲、ルーカスが持っていた万能ナイフに血痕が付いる等、思わせぶりな伏線が張られるがまったく回収されない。過去に島で生活していた人々についての説明も「ただ魚人に次々と襲われて死んだ」程度。正直、30分くらいで終わりそう話。だが、楽しげなサバイバル生活、見事な水中撮影、そして”死にゲー”に挑むが如く魚人に立ち向かっていくジェンの姿が魅力的。90分間しっかりと楽しませてくれる。 ブラムハウス・ブロダクション製作ということもあり、低予算ながらも確実なプロデュース。ボディースーツとCGがシームレスな魚人が一番の見所だ。今、ボディースーツを使ったクリーチャー映画は貴重。


 そういえば監督のJ.D.ディラッドは、前作 『インフィニット』(Sleight)でも似たような映画作りをしている。青年マジシャンが麻薬ディーラの縄張り争いに巻き込まれるというストーリーだが、青年が何故、麻薬売買に手を染めのか、青年は何故、両親を失ったのか?等々、多々ある要素を膨らますこと無く、”すっげぇテクニックのマジシャン”という部分だけをフィーチャして一点突破ストーリーを構築していた。まだ2作目しか製作していないため、この作風が単に拙いだけなのか、純粋な個性なのか分からないが『Sweetheart』と『インフィニット』から感じる初期衝動は面白い。
 彼の製作スタイルは、リアルサウンド映画部さんに寄稿した記事を読んで貰うと分かるが、ジェイソン・ブラムと相性が良さそうだ。今後が少し楽しみである。

原題:Sweetheart 2019年 アメリカ 82分(IMDB
★3/5

「Depraved」レビュー:引き裂かれる心と体

Alex Breaux in Depraved (2019)

ラリー・フェッセンデン流フランケンシュタイン

 インディーズ映画界のハズレ無しプロデューサー兼ディレクター、ラリー・フェッセンデンのフランケンシュタインだ。ただし、本作の主人公はフランケンシュタイ博士ではなく、戦争PTSDに悩む元衛生兵ヘンリー(どの戦争か分からない。クソアメリカは戦争しすぎだ)。彼はPTSDからの回復手段として「蘇生術」の研究をしているのだ。ただ”病んで”いるので、その研究は常軌を逸している。ただ死んだ人間を蘇らせるのでは無く、死人をつなぎ合わせて蘇らせることに執着している。何故、それは彼の共同研究者であるポリドリが、その研究を成果を営利利用しようと企んでいるから。戦争や労災でバラバラになった体でも、繋ぎ合わせて蘇生できれば、兵士や労働力に使えるというわけだ。


 物語は実験台にされてしまう青年、アレックスが彼女のルーシーと喧嘩している場面から始まる。アレックスは子供が欲しいと言うルーシーに対し「俺はまだ大学を出たばかりの23だし、ヘッポコだし子供なんて育てられる気がしない」と言う。そんな彼にペンダントをプレゼントして機嫌を取るルーシー。だが、その夜、アレックスはヘンリーとポリドリに殺害されてしまう。