『セルビアン・フィルム 4K』:スルジャン・スパソイェヴィッチ監督インタビューから観る12年目の真実

『セルビアン・フィルム』が作られてから12年経過した。更新不足のこのサイトでも未だに『セルビアン・フィルム』が検索ワードのトップである。4K版公開に際して私はスルジャン・スパソイェヴィッチ監督にインタビューを行う機会を頂いたのだが、運悪く掲載先が無い状態に陥ってしまった。
しかしながら『セルビアン・フィルム』を日本でいち早く紹介した本サイトに掲載するのが正しいように思える。当時は「こんなモノを観ている人間の人格を疑う」などという散々なコメントもよく頂いたものだ。果たして『セルビアン・フィルム』は、本当に残酷無慈悲な人でなしの映画なのか?スルジャン監督のインタビューを読んで、考えて欲しい。

— 制作から10年以上経過しました。今でも『新生児ポルノ』(ニューボーンポルノ)の衝撃は色褪せません。この発想はどこからやってきたのでしょうか?

最初からそう来ましたか(笑)『新生児ポルノ』(ニューボーンポルノ)を説明するためには、制作のきっかけから話さないとなりません。

— やはりそうですよね。私はセルビアに限らず東欧諸国、しいては世界の支配層が行っている暴力的寓意かと考えております。

セルビアン・フィルムには、直感的というか奥深くにある正直な感情を表現したいという欲求からスタートしています。欲求というと少し語弊があるかもしれません。世界に対する想いといったほうがいいでしょうか。それを愚直に表現したかったんです。

— 日々の生活の中で感じている問題に対する想い・・・ということでしょうか?

そうです。政治や文化、アート、社会生活複雑な問題が沢山あります。それを私の周囲はもちろん世界に対して、全ての想いをぶつけています。

— それを作品へと持ち込む為にはどのような試行錯誤が行われたのでしょうか?

まず友人たちとブレインストーミングをしました。そのときは『セルビアン・フィルム』に関連するようなプロットは何一つありませんでした。様々なアイディアを出し合って出てきた一つが『新生児ポルノ』(ニューボーンポルノ)です。

— セルビアン・フィルムのベースが「ポルノ」にあることを先に伺ったほうが良さそうです。

『セルビアン・フィルム』が、元ポルノスターである主人公ミロシュが無理矢理復帰させられるストーリー。いわばミロシュの旅路がテーマになっているのはご存じの通りです

— はい。地獄の旅路ですね。

その地獄の旅路のなかで、世界支配している人々––政治家、役人––が狂っている事を表したかった。彼らはどんなことを私たちに強制できるのか?を考えるてみると、我々は、生まれたときから強権者に好き放題やられている訳なんです。それが『新生児ポルノ』(ニューボーンポルノ)の真の意味です。

— 素晴らしい考えです!

ありがとう!(笑)セルビアンフィルムは“ナイーブ”で“誠実”かつ“直感的”なアイディアから生まれたのは、さっき言ったとおり。妥協せず、オブラートに包まず、感じたままの世界を表現する。それが私の目的だった。それは私たちの周りに存在する悪魔、反文明主義、そしてあらゆる暴力に直面することも意味したんだ。そして自分の中にある、本能や信念、スタイル、ジャンルが混ざりあって、意味のあることを願ってこの映画を作り上げた。『セルビアン・フィルム』は、自分の感情や知覚の一部を作り上げた正直な映画さ。

— 今回『セルビアン・フィルム』を観なおしてみて感じたことがあります。ヴックミルは我々ではないのか?と。ミロシュ一家が崩壊していく様を目の前にして、彼は最後に「これがセルビアの幸せな家族だ!」と声高に宣言します。これは東欧諸国の歴史が抱える不幸、戦争といった闇の歴史を映画に求めている世界の人々を表しているのではないでしょうか?。この考え方は監督の意図するところと一致していますか?

素晴らしい質問ですね!まさにヴックミルという存在は、政治的、文化的、芸術的な狂気です。お金に苦労していない、いわば文明社会で地位のある人間の間では“社会の被害者を見たい”というニーズが潜んでいると考えています。貴方が言ったとおり、彼らは悲惨な国の悲惨な物語を求めていて、ある種の感情の欠如も感じられます。
世界は中東や東欧諸国に対して、戦争、内戦といった殺し合い、資本/共産主義のイデオロギーの争いというテーマの映画やアートを求めています。制作資金を調達するにも、映画祭に出費するにも、今言ったようなものが求められる。

–– もはや暗黙のルールのように思えます。

そのとおりです。ヨーロッパの映画産業は、客観的に見れば監督や役者といったアーティストが主役のように見えますが、実のところ政治家や官僚が主導したルールに合う映画を作っているに過ぎません。

–– 映画が壊されている?

『セルビアン・フィルム』では家族が壊されますが、それは映画が壊されていることを示す暗喩、寓意です。

–– ビジュアルが強烈なので、誤解されることも多かったのでは?

ハリウッド映画とは全く違うので、映像から真意を受け取りにくいのは確かです。しかし、多くの人は理解してくれているようで、そこは嬉しく思っています。

–– そういう私も最初は真意を理解できず、倫理の破壊を目指した映画だと思いました。本まで書いてしまったんですよね・・・。人生を変えられてしまったと言いますか・・・。ちょうど拷問ポルノも流行っていましたし。

倫理観を壊すつもりはなくて・・・。私が周りの人々から感じる倫理観を伝えたかった。つまり、人々の倫理観に疑問を呈したかったのです。そのために、妥協無く作った作品が『セルビアン・フィルム』なのです。もし、計画的に倫理観の破壊を狙ったとしていたら、単なる拷問ポルノになっていたでしょう。

–– 理解が不足していたために、逆に人生の糧になりました。私を成長させてくれた『セルビアン・フィルム』に感謝したいです。監督は『セルビアン・フィルム』を撮られてから人生は変わりましたか?

難しい質問です。知っての通り、ポスプロや配給段階で様々問題が起きた映画でした。それが原因で今、映画を撮ることが出来ない状態です。とはいえ、この映画が映画史上で何かしら評価を得ることが出来ればと考えています。

–– ところで子役のルカ君のケアなどのどのようにしたのでしょうか?

非常に真剣に、そしてプロとして過ちがないように取り組みました。子役の演劇学校を通じて配役し、彼の両親とも脚本についてよく話し合いました。ルカを暴力的な場面に晒すことなく撮影する方法を最優先にしましたね。全員が我々のアイディアと意図を理解してくれて、制作に参加できることを希望してくれました。とても幸せなことです。現場には必ず父親に来てもらいましたし、“タフ”な場面は全て別撮りになっています。ルカはまだ演劇を続けていますよ。

–– 映画を撮ることが出来ない状態とのことですが、IMDBを見てみると『セルビアン・フィルム』のドキュメンタリー、『Whereout』というアクションスリラーも計画されているようです。この2つの作品の状況はいかがでしょうか?

ドキュメンタリーの方は、この2年間で過去の素材含め、最近のインタビュー等がまとまってきているので近々リリースするつもりです。先ほど聞いてくれたルカも出演してくれていますよ!
『Whereout』は、『セルビアン・フィルム』でも脚本を書いてくれたアレクサンダルが2012年に書き上げてくれて、そこからプリプロに入る予定だったのですが、残念なことに止まっています。内容は『セルビアン・フィルム』とは違ったアプローチの作品ですが、同じく怒りを表現しています。なんとか制作にこぎ着けたいと考えています。

–– ありがとうございます。ところで、監督のお気に入りの映画は?

君は難しい事を聞くね(笑)20品はあるよ。月日とともに変わっていくけど、フリードキンの『恐怖の報酬』、ペキンパーの『ワイルドバンチ』、それからノーマン・ジェイソンの『ローラーボール』かな。
私は直感に頼っているので、あまりロジカルな説明は好きじゃないんだ。でも、これらの映画はアウトローが世の中の腐敗を正そうとする姿を暴力的でありながらも、キャラクターに主眼を置いているのが素晴らしい。映像もそうだよね。画期的な編集、演出は本当に美しいよ。

–– 貴重なお話を沢山伺うことが出来ました。ドキュメンタリーも『Whereout』も楽しみに待っています。

ありがとう。

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