
作り手のほとばしる情熱が観客を置き去りにしてしまい、観賞後も“なんだかよく解らなかったけど、相当異様なものを見た”ーーつまり画力の強さばかりが脳裏にこびりついて離れなくなる。そんな映画と出会ってしまう時がある。この『Hunted』もそんな映画の一つだった。とはいえ、プロットはとても簡単。
犯されそうになった女性が犯人相手にブチギレて、タイマンを張る。
しかも、実際は犯されず、未遂に終わるので性暴力描写は殆どない。だから陰惨なレイプ描写や残酷なリベンジシーンをウリにした、その辺のレイプリベンジ映画とは少し毛色が違う。ただ、登場人物の異様さは、下手なレイプリベンジ映画よりも格段上だ。
主人公のイヴは仕事のストレスで爆発寸前。彼氏からの電話もガン無視。たまりにまたまったストレスを解消しようとクラブに繰りだす。そこで彼女は、一人の男に引っかかる。まあ、そんなに格好良くはないけど、ユーモアもあるし一晩遊んでやるか!とクラブを後にし、男に誘われるまま車に乗る。ところが、車にはもう一人小太りな男がいるではないか。「うわ、どういうこと?おろしなさいな!」とイヴ。「ウヒョヒョ!冗談のわからん女だ!」 男たちは憎まれ口を叩きながら彼女をおろす。タクシーを呼ぼうとトボトボとガソリンスタンドまで歩き、店主にタクシーを呼んでもらおうとするが、こんな遅い時間にタクシーなぞ呼べるわけもなし。店主に街中まで送ってもらおうと決めたとき、先の男たちが店の中に押し入り、店主を殺害。イヴを車のトランクに詰め込む。ここまでは全くもって普通の映画。しかし、ここから映画は異常性を帯びていく。
勝負の時間だ!
男たちの関係がおかしい
男たちは女を拉致ってきては、ビデオカメラで撮影しながらレイプ。こだわりのスナッフビデオ風低画質映画を制作している“自称映像作家”。相当の手練れで、イヴの拉致も相当スムーズだ。だが、彼らは事故を起こし、イヴはトランクから脱出することに成功する。
まず、この事故の原因がおかしい。運転中のキスによる脇見運転事故なのだ。そのきっかけは、ガソリンスタンドから拝借してきた酒瓶の回し飲み。男が口にした酒瓶を渡された相方。クセでうっかり飲み口を袖で拭いてしまうのだが、男はそれが気に食わない。「俺はエイズじゃねえぞ!」(いつの時代の認識なんだ!?)などとイチャモンをつけ、自家中毒を起こしてそのまま激昂。「仕事仲間なんだから、俺のことを愛しているよな?それならキスしろ!」と迫る。これがBL理論なのか!?
さて、この後、延々とイヴとの追いかけっこが開始される。その中で2人の関係は、より異様なものになってゆく。車の横転時、相方は腹を深く切ってしまう。あまりの痛さに悶絶する相方。そんな相方を見て、その傷口に指をズブズブと突っ込むのだ。キスと合わせて、この内臓感覚はもはやセックスと同意ではないのか?この官能的かつ薄汚さは、一度観たら忘れられないだろう。
森の野生に感化されていくイヴがおかしい
イヴの野生化っぷりが異常だ。両手を縛られたまま川に落下しても無事に岸まで泳げる。放尿しながら手近にあったブルーベリーを黙々食べる。技術も肝も据わったなかなかサバイバル能力だ。そして追ってきた男の相方の顔面を石でブン殴ったことをきっかけに暴力性をも身につけていく。彼女が発現した暴力性は、あらゆる人を巻き込み、追っていたはずの男はいつしか追われる側に。これが本作の一番の見どころであり、画力が強さだ。
中盤以降、ずっとヴォー!ヴォー!ヴォー!ヴォー!叫び続けるイヴ。その様にドン引きして逃げ回る男。それは森を脱出しても続き、しまいには街中の建売住宅を破壊するまでに至る。
監督はアングラコミック出身
道中、森の中でサバイバル訓練キャンプをしている母子も忘れられない存在だ。母は男の手によって悲惨な最後を遂げるのだが、なぜかスタンガンを当てられた勢いで数分間、蘇生する。蘇生した母から弓矢を託された幼き息子は、男を狩るべくイヴの窮地を救う。スタンガンで生き返るの必要か!?と思ってしまう。だが、ほんのりとリアリティのある残虐性と笑いの共存を試みた、本作の監督ヴァンサン・パロノーの手腕に感心させられるシーンでもある。そもそも彼は、アングラコミック出身のフランス人漫画家。そう考えれば納得のワンシーンだ。ラスト付近、新築建売物件内覧中の新婚さんを尻目に、徹底的に家を破壊していくイヴと男の格闘劇には唖然とさせられるだろう。
やたらと力強い画力、それはブラックユーモアのバンド・デ・シネだったんだ!と妙に納得してしまう作品なのでした。